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いま世界でも注目されている、スニーカーを作られているデザイナーのピロ貴子さんをご存知ですか?
海外のセレブ達も 、ピロ貴子さんがデザインされたスニーカーの御用達なんだそうです。
今世界で注目されているシューズデザイナーのピロ貴子さんについて詳しくまとめていきます。
ピロ貴子とは?
名前:ピロ貴子
生年月日: 1971年?月?日
出身地:東京都渋谷区
ピロ貴子さんは、老舗靴店の次女として生まれており、小さな頃から靴に囲まれて育っており、ピロ貴子さんにとっては靴はとても身近な存在だったのだそうです。
ではそんなピロ貴子さんは、 どのようにして世界でも注目されるようなデザイナーになられたのでしょうか。
ピロ貴子の経歴や学歴は?
ピロ貴子さんは、女子美術大学付属高校を卒業後、女子美術大学芸術学部造形計画プロダクトデザインを専攻されていました。
1993年にはイタリアへ留学し、テクニカルコースで靴とバッグについて学びました。
そして1997年には、スペインでシュー・デザイン会社を設立し、オリジナルブランドであるT3in 1をスタートさせました。
そして1998年頃には日本に帰国し、フリーランスとして活動を始めました。
2004年には有限会社manna を設立して、靴だけではなくバッグやレザーの小物を中心に企画・海外生産・そして輸入をはじめました・
さらには2005年にスペインのシューズやバッグブランドである「Karoline」より「Karoline&takako」で世界デビューもされています。
2017年にはCCircle3.nyc直営店を開店させました。
小さな頃から靴に 囲まれながら大きくなり、経歴を見ていると本当に靴のことが好きなのだなあと実感させられました。
シューズデザイナーを始めたきっかけは?
小さな頃から靴に囲まれる雰囲気の中育ったピロ貴子さんは、シューズデザイナーを始めたのはどんなきっかけがあったからなのでしょうか。
やはり小さな頃から靴に囲まれながら育ってきたピロ貴子さんは、学生の頃から美術系の学校に通っており、学校で色々なことを学ぶ中で、 靴をデザインすることに非常に面白いと感じたそうです。
それをきっかけに実家のデザイナーとして働こうと決めたんだそうですよ。
しかし、 実家は老舗ということもあるからなのか、実家でデザイナーとして働くには、 孫であるピロ貴子さんには風当たりが強かったのだそうです。
また自分を表現したいという気持ちもあり、自分は実家を継ぐのではなく一人でやりたいと思うようになり、イタリアへ留学し、首席で卒業もしたそうです。
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ピロ貴子の年収は?
日本や海外、 様々な場所で活躍されており、 今では世界中から注目されるようなシューズデザイナーにまで上り詰めました。
そんなピロ貴子の気になる年収はいくらくらいあるのでしょうか。
実際にシューズデザイナーをされている方の年収は、大体 300万円から400万円程度なんだそうです。
大手であれば500万円前後のなることもありますが、デザイナーとしての経験年数が長かったり、 管理職をされているという場合があるようです。
ただピロ貴子さんがデザインされたシューズは、セレブでも愛用者が多いので、500万円以上は年収があるのではないかと思われます。
今後について
ピロ貴子さんのお店は2017年にオープンしたばかりで、まだ知らないという方も多いと思います。
セレブの中では御用達の方もいらっしゃるようですが、まだまだ知名度が高いとは決して言えない状況です。
今後は、少しずつ知名度を上げていきながら、自分がデザインしたシューズを扱ってくれるお店を増やしていきたいと話されています。
誰にでも受ける靴・トレンドに左右されるものではなく、お気に入りの1足になり、いつでも長く履いて貰える靴作りをしていきたいそうですよ。
まとめ
世界からも注目されている、 シューズデザイナーピロ貴子さんについて詳しくまとめてみましたがいかがでしたか?
小さな頃から靴に囲まれて生活しており、自分でデザインをする面白さに気づき、様々なデザインをしながらたくさん活躍してこられました。
自身の直売店を2017年にオープンしたばかりで、知名度的にはそんなに高くありませんが、これからきっとどんどん知名度を上げていき、ピロ貴子さんがデザインした靴もどんどん人気を集めてくることでしょう。
誰かのお気に入りの一足にピロ貴子さんがデザインされた靴が選ばれ、長く履いてもらえる靴をどんどん世の中に増やしてもらいたいですね。
これからの活躍さらに期待したいです!!
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