冨永照子(浅草女将)の仕事内容や年収は?浅草おかみさんの会を結成!凄すぎる経歴とは?

冨永照子(浅草女将)の仕事内容や年収は?浅草おかみさんの会を結成!凄すぎる経歴とは?

スポンサーリンク

トークバラエティ「激レアさんを連れてきた」は、

テレビ朝日系列の番組で、毎回「激レアさん」を招待し、研究員とトークを繰り広げます。

今回呼ばれた激レアさんは、富永照子さん。彼女は1960年代以降の都市開発によって文化やお客さんが渋谷や新宿に流れてしまったためにゴーストタウン化していた浅草を、見事に蘇らせたとされています。

閑散としていた浅草をどのように復興させたのかについて話したのですが、

では、素晴らしい手腕を発揮した富永さんとはどのような女性なのかを紹介していきます。

冨永照子とは?

富永さんは、浅草のお蕎麦屋さん「十和田」の4代目女将です。まずはプロフィールから紹介します。

・富永照子(とみながてるこ)

・1937年1月3日生まれ、2019年現在82歳

・東京都浅草出身

・株式会社浅草FURISODEgirls 代表取締役

富永照子さんは会社の取締役社長をしているだけでなく、

NPO法人の全国商店街おかみさん会理事長、一般財団法人ニッポンおかみさん会代表を兼任しています。

お客さんが喜んでくれるなら何でもOKというのが持論らしく、奇抜なアイディアで浅草にお客さんの波を取り戻しました。

冨永照子の経歴や学歴、性格は?

富永照子さんは浅草仲見世の老舗和菓子屋4代目として生まれ、

浅草寺幼稚園から小学校、上野中学校、上野高等学校と進学して卒業し、蕎麦屋に嫁いだようです。

性格は江戸っ子を絵にしたようなチャキチャキした性格の方で、

それは幼少時から父が遊びにいき、母が店を切り盛りする様子をみて形成されたものではないかと推測されます。

蕎麦屋に嫁ぐときにも、「自分が暖簾を守る」と決心して結婚されたとか。

そして東京オリンピックを境として浅草はゴーストタウン化していくのですが、

大好きな浅草を守るために「浅草おかみさんの会」を結成して立ち上がります。

現在では38年目となる「浅草サンカーニバル」や「2階建てバス」などは、この浅草おかみさんの会の功績です。

下町である浅草では男性からの反発も強かったそうですが、彼女はそれをねじ伏せ、浅草の経済振興のために自ら運輸大臣に掛け合うなどして奮闘しました。

 

冨永照子の店は?金額や口コミは?

富永照子さんが女将を務めているのは「手打ちそば十和田」です。

元は大正13年創業の老舗の和菓子屋「菊水堂」でしたが蕎麦屋となり、現在は2店舗経営となります。

自慢は素材にこだわった蕎麦粉と本かつおのみを使用した自家製つゆで、薬味にもこだわりがあると評判です。

こちらの店では、程よく辛みがあってかぶ特有の爽やかさもある暮坪そば(1000円)や、

青森から仕入れている鴨を使った鴨せいろ(1500円)が人気の商品です。

口コミでは「お蕎麦も美味しいですが、てんぷらも美味しいです」

「お酒や肴、お蕎麦すべてが美味しい!雰囲気もよくいつでも混んでいます」といったコメントがありました。

スポンサーリンク

冨永照子の年収や結婚歴は?

様々な活動をして全国の商店街や浅草の経済振興に駆け回る富永照子さんですが、本業蕎麦屋の女将だけでも年収は高いでしょう。

会社もやってらっしゃる上に、テレビ出演や講演会もされています。

はっきりした年収はわかりませんが、金持ちといって問題なしの金額であるはずです。

また、蕎麦屋に嫁いで暖簾を守ると決心された、ということですので結婚もされています。

夫や子供、孫など家族についての情報はありませんでした。

まとめ

芸能人もあしげく通う、東京は浅草の老舗手打ちそば屋さんの女将、富永照子さんは、浅草を代表する名物女将さんです。

そのチャキチャキした江戸っ子気質をフルに活用し、ゴーストタウン化していた浅草の経済振興に努めました。

彼女が取り入れたのはニューヨークの考え方で、お客さんが楽しんでくれればなんでもよいとして、サンバのカーニバルを取り入れたりロンドンから2階建てバスを輸入したりして浅草の復活させました。

その驚くべき手腕と奇抜なアイディアは、テレビ朝日系トークバラエティ「激レアさんを連れてきた!」で紹介されます。今年82歳ですが、まだまだ活躍が期待されます。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です